「ホーハイ節」
【歌詞】
婆の腰ァ ホーハェ ホーハェ ホーハーェ
まホがった 曲った腰は ナーエ 稲のホ穂がみのる
稲の花 ホーハェ ホーハェデャ ホーハェデャ
アナーウアウヤー 稲の花かがった
(参考歌詞)
お玉家(え)コァどこだ
お玉家(え)コァここだ
【背景】
詞型が五三・五三で、歌詞は簡単ですが、その意味するところが判りにくく、口訳がきわめてむずかしい民謡です。この録音でも、2番の「稲の花かがった」の前に、「白い花 稲の・・・」と挿入されていますが、よく聞き取れません。
「ホーハイ節」は、津軽地方の盆踊り唄で、曲目名は独特な囃し「ホーハイ」から来ています。この「ホーハイ ホーハイ」と唄うときに、裏声を使い、日本民謡としてはきはめて特異な発声法で、もちろん津軽民謡のなかでも異色です。この唄にはつぎのようないい伝えがあります。
天正年間(1573〜1592)、津軽藩の祖津軽為信は油川城の奥瀬善九郎を攻撃しましたが、敗れます。疲労と落胆で重い足どりの兵士は、津軽坂(鶴ヶ坂、青森市と浪岡町の境にある)を越えて、帰国できそうもなかったのです。その時為信が峠の、「お玉茶屋」で即席に唄い、士気を鼓舞したのがこの唄のはじまりと伝えられています。
「お玉茶屋」は昔、津軽坂で美人のお玉さんが老母と営んでいた茶屋だったそうです。菅江真澄に「ひなの一ふし」のなかで、「おなし津軽 盆踊ぶし」として「外ヶ浜のほとり、おたまぶしといふ一ふしふり(古り)たり。」として歌詞を紹介しています。「ヲヲタマエコハ、ドヲホダヤッサ。お玉家子はいずこぞとといし辞」と解説しています。
「ホーハイ節」のような発声技術のむずかしい民謡は、ごぜのような遊芸人の存在が大きく関与しています。このような津軽の芸人たちにより磨かれ、独特な洗練を重ねていったのでしょう。