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戦国時代に構築された平城
本堂城跡 秋田県仙北郡千畑町本堂城回字館間
本堂氏は和賀氏の一族で、戦国時代後半、付近一帯を支配する小大名に成長しました。天正18年(1590)には、本堂忠親が、豊臣秀吉から元本堂、黒澤など10ヶ村、8,983石の地行地を与えられています。
菅江真澄は「月の出羽路」に、「元本堂より本覚寺も城引き移して、天文4年の頃は領地もいや増して、いよいよ家栄えて折々出陣ありし也」と記しています。
城跡は、東西182メートル、南北273メートルの内堀の囲まれ、内城周囲には約2.5メートルの土塁が築かれていました。江戸時代の古絵図には、さらに外堀があったと記されており、その規模は東西436メートル、南北436メートルの大きなものでした。慶長6年(1601)本堂氏は常陸国志筑に国替えとなり、本堂城は廃城となりました。
現在、城跡の内堀跡は水田となり、内城跡は畑地となり、東北端に土塁の一部が残っています。
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